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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)6812号 判決 1970年4月03日

原告

前原千代吉

代理人

森虎男

被告

二葉製本株式会社

被告

南川秀夫

右両名代理人

吉田朗

主文

1  被告らは、各自、原告に対し三万六六〇〇円およびこれに対する昭和四三年六月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、原告の負担とする。

4  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の申立

一、請求の趣旨

被告らは、各自、原告に対し二三二万八四〇〇円およびこれに対する昭和四三年六月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

2 訴訟費用は、被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決

第二  当事者の主張

一、請求の原因

(一)  事故の発生

原告は、次の交通事故(以下、本件事故という)によつて負傷した。

1 発生時 昭和四三年二月二八日午前一一時四五分ごろ

2 発生地 東京都文京区小石川五丁目二四番六号先交差点(以下、本件交差点という。)上

3 加害車 普通乗用自動車練五や九六四五号

運転者 被告南川秀夫(以下、被告南川という。)

4 被害車 自動二輪車

運転者 原告

5 態様 加害車と被害車が出合頭に衝突

(二)  責任原因

被告らは、それぞれ次の理由により原告が本件事故によつて蒙つた損害を賠償する責任がある。

1 被告二葉製本株式会社(以下、被告会社という。)は、加害車を所有してこれを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任

2 被告南川は、本件事故の発生について前方不注視、一時停止不履行の過失があるから、不法行為として民法七〇九条による責任

(三)  損害

原告は、本件事故によつてイ左橈骨末端揮裂骨折、ロ頭部外傷顔面挫創、頸椎捻挫、腰部左膝下腿挫傷の傷害を負い、イの傷害は左手関節拘縮の障害を後遺している。そしてこの損害額を算定すると、次のとおりである。

1 治療費 三六万八四〇〇円

2 逸失利益 一四六万円

原告は、前原シートなる名称で自動車の内装、椅子カバー、室内装飾等を営み一ヵ月平均一二万円の収入を得ていたが、前記傷害の治療ないし前記後遺障害のため昭和四三年二月二八日から同年五月三一日までは全く稼働することができず、同年六月一日から翌四四年三月三一日までは一ヵ月一万円程度の収入しか得ることができなかつた。

3 慰藉料 四五万円は、前記後遺障害に対する分である。

4 弁護士費用 五万円

原告は、弁護士たる本件原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、手数料として五万円を支払つた。

(四)  結論

よつて、原告は被告らに対し二三二万八四〇〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年六月二八日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因に対する答弁

(一)  請求原因第(一)項の事実は認める。

(二)  同第(二)項のうち1の被告会社が加害車を所有してこれを自己のために運行の用に供していたものであることは認めるが、2の南川に過失があることは否認し、その余は争う。

(三)  同第(三)項のうち1の治療費は認めるがその余の事実は不知

(四)  同第(四)項は争う。

三、抗弁

(一)  被告会社の免責の抗弁

被告会社には以下のとおり自賠法三条但書の事由があるから、被告会社は本件事故による運行供用者責任を免除される。

1 運転者たる被告南川の無過失

本件交差点は、幅員12.1メートル東南方から西北方に通ずる道路(以下、甲道路という。)と幅員7.5ないし7.6メートルの北東方から南西方に通ずる道路(以下、乙道路という。)とがほぼ直角に交差する交通整理の行われていない、左右の見通しの悪い交差点であり、乙道路には一時停止の標識が設置されている。被告南川は、加害車を運転して甲道路を東南方から西北方に向つて時速約二五キロメートルで進行し、本件交差点に進入しようとしたところ、右方道路から本件交差点に進入しようとしている被害車を発見し、直ちに急停止の措置に出たものであるから、被告南川には本件事故の発生について過失はない。

2 運行供用者たる被告会社の無過失

被告会社は、昭和三七年一月に被告南川を運転手として雇用したが、その選任にあたつては注意を怠らなかつたし、その後の被告南川に対する監督も十分尽しており、現に被告南川は一〇年以上の運転経歴をもつが、いまだかつて自動車事故を起したことはなかつた。

3 被害者たる原告の過失

原告は、被害車を運転して乙道路を北東方から南西方に向つて高速度で進行し一時停止を怠つて本件交差点に進入したうえ広路にある加害車を認めながらその前方を突切ろうとしたものであるから、原告には本件事故の発生について一時停止不履行、広路優先権無視の過失がある。

4 加害車の構造機能の無欠陥

加害車は、本件事故の二月ほど前の昭和四二年一二月一二月に新車で購入されたものであり、被告南川はその整備点検を入念に行なつていたものであつて、加害車には構造上の欠陥、機能の障害はなかつた。

(二)  被告らの過失相殺の抗弁

原告には本件事故の発生について前記のとおり過失があるから、原告のこの過失は賠償額の算定にあたつて斟酌されるべきである。

(三)  被告らの一部弁済等の抗弁

被告会社は原告の治療費として三六万八四〇〇円を支払い、また、原告は保険会社から損害賠償額の支払いとして一〇万円を受領している。

四、抗弁に対する答弁

(一)  免責の抗弁について

1 抗弁第1項のう、一時停止標識の設置されている地点を除く本件交差点の道路状況および加害車・被害車の進行方向が被告会社主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は否認する。一時停止の標識は甲道路に設置されていたものであり、加害車の進行速度は毎時六〇キロメートルを下るものではなく、被告南川には請求原因第(二)項の如き過失があつた。

2 抗弁第3項のうち、被害車の進行方向が被告会社主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は否認する。被害車は毎時一〇キロメートルの速度で本件交差点を通過しようとしたものである。なお、加害車の進路には前記のとおり一時停止の標識が設置されていたから、広路優先権はなかつた。

(二)  過失相殺の抗弁について

否認する。

(三)  一部弁済の抗弁について

認める。

理由

一請求原因第(一)、第(二)項の事実については、被告南川の過失の点を除いていずれも当事者間に争いがない。

二そこで、被告南川の過失の有無について、被告会社の免責の抗弁中のその点に対する判断を含めて次に検討することにする。

本件交差点の道路状況および加害車被害車の各進行方向は、一時停止標識の設置場所を除いて当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、以下の事実を認めることができる。

甲・乙道路とも歩車道の区別のない直線平垣なアスファルト舗装道路であり、車両等の交通は比較的閑散であること、本件交差点の四隅はいずれも隅切りとなつていること、しかし、本件事故当時右交差点東隅の隅切り部分には軽四輪自動車が駐車していて加害車および被害車の各進路からの相互の見通しはその分だけ一層悪くなつていたこと、本件交差点の南隅の隅切り東端付近にある電柱に「一時停止・富坂警察署」と印刷された立看板(以下、本件立看板という。)があつたこと、右立看板は町会が作成し設置したものであつて、その設置場所および看板の向きは付近の住民によつて適宜変更されていたこと、本件交差点の東南の側端付近からその中央に向け加害車の左側面と甲道路の左側端との間をおよそ3.8メートルとした、二条の加害車のスリプ痕が甲道路と平行に路面に印象されており、加害車の進行方向に向つて左のスリップ痕は7.30メートル、右のそれは6.90メートルであるが、前輪で印象されたものか後輪で印象されたものかの区別は困難であること、加害車はトヨタ・スーパーデラックス四二年式であるが前部ナンバープレートの止め鋲がはずれ曲損している以外には本件事故による損傷がないこと、被害車はホンダスーパーカブであつて、本件事故により左側部のオイルタンクからチェーンケースにかけて凹損ないし亀裂が生じナンバープレートの左の止め鋲がはずれる等の損傷を受けていること、前記右側スリップ痕の終点の前方付近に被害車が右側を下に、前部を西方に向けて横転していたこと、前記二条のスリップ痕終点の前方付近から右の横転した被害車の前方付近にかけて原告がかけていた眼鏡のレンズの破片が散乱していたこと、

以上の事実を認めることができ、右認定に反する原告本人尋問の結果は措信できないし、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。これら事実に後記原告の傷害の部位・程度を併せ考えると、被告南川は、加害車を運転して甲道路を、加害車の左側西を道路左側端から約3.8メートルの間隔をとつて東南方から西北方に向け時速約二五キロメートルで進行し本件交差点に差しかかり左前方の電柱に本件立看板が立つているのを認めたが、そのままの速度で交差点に進入しようとしたところ、右方の乙道路から本件交差点に進入してくる被害車を発見し直ちに急ブレーキを踏んだ。他方、原告は、被害車を運転して乙道路を北東方から南西方に向け相当の速度で進行しそのまま本件交差点に進入したところ、左方の甲道路から本件交差点に進入してきている加害車を発見したが、その前方を通過しようとしてハンドルを右に切りながら進行し、被害車の左側部のオイルタンクを停止あるいはその直前の加害車のナンバープレートに接触させて被害車を右側に転倒させるとともに自分はやや右前方の路上に投げ出されたことを推認することができる。右認定に反する原告および被告南川各本人尋問の結果はにわかに信用できないし、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。そうとすれば、被告南川には本件交差点に進入するに際して右方の安全の確認を十分にしなかつた過失があるというべきであるから(原告は、被告南川には一時停止義務違反がある旨主張し、本件交差点の加害車の進入口に本件立看板があつたことは前記のとおりであるが、右看板は町会が作成設置したものであり一時停止等の道路標識の様式、設置場所その他道路標識について必要な事項が法令によつて厳格に定められている((道交法九条、四三条、同法施行令七条、道路標識、区画線及び道路標示に関する命令二条、三条、四条二項等))趣旨に鑑みれば、仮に町会が右看板を作成設置するについて富坂警察署((長))の許可を得ていたとしても、それに一時停止規制の効果をもたせることはできないというべく――それはせいぜい交差点に進入する車両に対して安全確認の注意をうながすものにすぎないとみるべきである――その他被告南川が本件交差点に進入するに際して一時停止をすべき義務があることを認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は理由がない。)、被告会社の免責の抗弁はその余の点を判断するまでなく理由がないので、被告会社は自賠法三条に基づいて、被告南川は民法七〇九条に基づいてそれぞれ本件事故によつて原告に生じた損害を賠償する責任がある。

三しかしながら前記のとおり原告にも本件交差点に進入するに際して徐行義務を怠たり、また左方に対する安全の確認を怠つたうえ、広路にある加害車の優先権を無視してその前面を通行しようとした過失があるから、原告のこの過失は賠償額の算定にあたつて斟酌すべく、そしてその程度は原告の右過失等諸般の事情を勘案すれば、おおよそ七割とするのが相当である。

四<証拠>によれば、原告は本件事故により頭部挫傷、脳腫脹、顔面挫創、左肩胛部、左手挫傷、頸椎捻挫、橈骨末端揮裂骨折、腰部、左膝および下腿挫傷の傷害を負い、京北病院に昭和四三年二月二八日から同年三月三〇日まで入院し、退院後も同年七月三〇日まで一七日通院し、東京都立駒込病院にも同年七月ごろから同年一一月中ごろまで通院して治療を受けたが、手関節部に軽度の拘縮を後遺したことが認められる。そしてこの損害額を算定すると、次のとおりである。

1  治療費等 三〇万円

本件事故により原告に生じた治療費、休業損害は、以下のとおり合計八八万八四〇〇円であるが、本件事故の発生については原告にも前に記したような過失があるからこれを斟酌すると、原告が被告らに対し賠償を請求し得る右費用に関する損害額は三〇万円とするのが相当である。

(1)  治療費 三六万八四〇〇円

右費用については当事者間に争いがない。

(2)  逸失利益 五二万円

<証拠>によれば、原告は前原シートなる名称で室内装飾、椅子新規製作張替、自動車内装等の事業を営み、本件事故当時一ヵ月平均一二万円を下廻らない純収入を得ていたことが認められ、右各証拠に前記傷害の部位・程度を併せ考えると、原告は、前記治療に伴ない昭和四三年二月二八日から二ヵ月間は全く稼動することができず、その後七ヵ月間は本件事故当時の三分の二程度の稼働しかできなかつたものと認めるのが相当である。したがつて、原告は本件事故によつて得べかりし収入五二万円を喪失したというべきである(なお、原告は後遺症補償費として一五万円を請求するが、右慰藉料請求の内訳を示すものにすぎないと考えられる。仮に後遺症補償費の請求が後遺症による逸失利益の請求を含むものであるとしても、前出甲第二号証によれば、前記左手関節部の拘縮には原告の体質的なものもあつて、その全部が本件事故によるものではないと考えられるし、また、原告本人尋問の結果によれば、原告は右利きであつて、右後遺障害が原告の稼働能力に如何なる程度に影響するものか明らかでないので、右の事情は結局慰藉料額の算定にあたつて考慮するほかはない。)。

2  慰藉料 二〇万円

前記原告の後遺障害を含む傷害の部位、程度、本件事故の態様なかんずく原告および被告南川の過失の程度等諸般の事情を考慮すれば、原告の本件事故による慰藉料額は右金額をもつて相当とする。

3  損害の填補

原告が被告会社から治療費として三六万八四〇〇円、保険会社から損害賠償の支払いとして一〇万円を受領していることについては当事者間に争いがないところ、身体侵害による損害賠償請求においては特段の事情のない限り弁済充当に関する当事者の主張は意味がないので、右金員合計四六万八四〇〇円は以上の損害額五〇万円について填補されたとみるべきである(ちなみに、被告らは右四六万八四〇〇円を相殺の自働債権として主張するものの如くであるが、その趣旨は過失相殺がなされた後の損害に右金員を填補することであると解される。)。

4  弁護士費用 五〇〇〇円

以上のとおり、原告は被告らに対し三万一六〇〇円を請求し得るものであるところ、弁論の全趣旨によれば、被告らは任意の弁済に応じないので、原告は弁護士たる本件原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、着手金として五万円を支払つたことが認められるが、本件事案の難易、前記請求認容額等本訴にあらわれた一切の事情を勘案すると、本件事故と相当因果関係のある損害として被告らに負担させるべき弁護士費用は、うち五〇〇〇円とするのが相当である。

五よつて、原告の被告らに対する本訴請求のうち三万六六〇〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四三年六月二八日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。(並木茂)

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